アミール・ナデリ
監督による解説
COMMENTS FROM FILMMAKER AMIR NADERI

崩壊BREAKING DOWN THE MOUNTAIN

私は毎回、登場人物を困難な状況に追い込んできましたが、今回は今までで最も困難な状況と言えます。主人公のアゴスティーノは、先代は山の影で送る生活を変えようとはせず、そこで生き、そこで死を迎えてきました。しかしアゴスティーノは自分自身の宿命と戦い、運命を変えることを決めます。私自身も、人生の中で同じことを経験しました。アゴスティーノの導き出した答えは、太陽の光が輝きを放ち農地が明るく照らされるよう、山を崩壊することでした。

不可能の達成ACHIEVING THE IMPOSSIBLE

私は自分の生み出した登場人物がどう危機を乗り切るか、彼らを試すのが好きです。それと同時に、フィルムメイカーとしての自分自身も試します。私はいつも挑戦にインスピレーションを受け、それこそが自分に映画を作らせてきました。登場人物や私自身にとってのキーワードは、挑戦と粘り強さ。我々はそれら無しで生きてゆくことはできません。どんな人間も、不可能を可能に変えるチャンスを与えられるにふさわしいと思っています。本作の登場人物は、不可能に立ち向かう『CUT』(11)の登場人物と非常に近い部分があります。

MOUNTAIN

山は偽りのない詩的な自然を有して、この世で最も力強いシンボル、力強い存在のひとつです。劇中に映し出される山をよく見ていると、まるでミケランジェロの彫刻作品かのように見えてきます。しかし山中での映画の撮影を実現させることは、冗談では済まされません。物資調達は非常に困難で、気候は予測不可能でした。雨であれ晴れであれ、突然の暴風に襲われたりしました。しかし私は幸運にも、一から中世の村を作り上げてしまった素晴らしいプロフェッショルなスタッフと仕事することができました。

SHADOWS

本作は大半が山の影になる場所が舞台となります。灰色や黒い影にフォーカスし、同時に光も捕らえなければいけませんでした。登場人物は暗闇の中で生活していますが、色鮮やかな村や市場へも出かけていきます。私は色の幅の設定に多くの時間を費やしました。撮影監督のロベルト・チマッティや衣装デザイナーのモニカ・トラッポリーニ、美術監督のダニエレ・フラベッティ、そしてセット装飾のララ・シキックとの共同作業は楽しいものでした。色それぞれの存在や必要性を考えるのに、彼らは素晴らしい手助けをしてくれました。色がなければ、我々はこの世から切り離されるのです。

SOUND

私は映画を交響曲のように考えており、サウンド、構成、テンポのすべてがどの交響曲、どの映画においても重要です。私は常にリズムとサウンドの要素を統合し、構想を持たずに映画を作り始めることはありません。物語を中世後期に設定したことによって、昼夜の山々の音、風や雨の響きを私の心の中に想起させました。この響きによって、楽器なしで交響曲を作り上げることができたのです。

STONE

私は10年近くこの映画を形にしたいという想いがありました。また、イタリアが生み出すアートの一部になりたいと思っていました。日本や別の国で撮影することもできましたが、それはまったく違うものになっていたと思います。本作はあまりにイタリア的な物語でした。私は登場人物や山の石を、イタリアと関連付けています。そしてミケランジェロやベルニーニといった偉大なイタリアの彫刻家がこの物語を私の中に吹き込みました。文化的豊かさ、長い歴史、複雑な背景を持つ、私の愛するイタリアへ本作を通じて賛辞を捧げることができたらと思っています。また、それに値する独創的な作品を作りあげられたのではないかと信じています。

過去への架け橋A BRIDGE TO THE PAST

私は監督した全作品の中で、登場人物のストーリーや文化がどんなものであっても、彼らを限界まで追い込みます。本作に関して言えば、1000年前に戻るということが非常に興味深い試みでした。しかし1000年前の人々が悩み苦しんだ問題が、現代の我々にも共鳴するものだったりします。人々の精神は本質的には変わらないのです。登場する小作農民や彼の家族は、我々と過去の世界との橋渡しのような存在になっていると思います。

イランとの共通点SIMILARITIES TO IRAN

イタリアでの映画撮影は、フィルムメーカーの夢だと私は思っています。私もまた、長年に渡りイタリアでの撮影を望んでいました。しかしイタリアを舞台に現代の物語を伝えることには一度も興味が湧きませんでした。興味があったことは過去を研究することや、複雑なイタリア文化の融合を探求することでした。その点において、私のイラン人としてのバックグラウンドは非常に役立ちました。強い文化や非凡な人々、偉大な歴史といったように、多くの共通点があったからです。イタリアとイランにはさらに、気候や生きることへの情熱、人々の活力といったような、現代における共通点も多くありました。

毎瞬の驚きEVERY SECOND A SURPRISE

私がイタリアで映画を撮ることを、イタリアが待っているような気がいつもしていました。私は熱狂的なイタリア通で、過去20年の間に何度も訪れ、多くの友達もいます。私はイタリアの言語、風景、人々の人間性を知っているのです。その知識をこの映画に取り込むことができたと信じています。観光映画は撮りたくありませんでした、私にとってのイタリアの美しさ、それは「毎瞬の驚き」と出会えることです。人生、人々、天候すべてが予測できません。北部の山々が寒い日に、シチリア島やサルデーニャ島では夏の最高気温に達していたりするのです。

HEART

何かを実現させるためには、常に心を注がなくてはいけないと思っています。私たちには宿命があり、忍耐強く永続的でなくてはいけません。それが人間の精神というものだと思います。私たちは挑戦することによって成長します。私は本作に、映画と人生について知ることすべてを吹き込みました。私は、心で動きます。そうでない限り、映画にとって必要不可欠な人々をまとめることは不可能です。心の根底や、精神的な部分に何にかがあるはずなのです。今日、世界中の多くの人々が、あらゆる異なる理由で人生や将来への希望を失っています。私の描く主人公・アゴスティーノのように、私もまた挑戦へと歩みを進めました。アゴスティーノも私も、不可能を可能に変えたかった。何かをする為にこの世に生まれた事がすべてなのだと思います。私は、山を切り裂き、光を人生にもたらしたかったのです。